「人はどうして神の前に正しくあり得るだろうか。女から生まれた者が、どうして清くあり得るだろうか。」(ヨブ記25:4新改訳)ヨブの心が鉄壁のように固いのを見たビルダデは、正面から説得するのをあきらめ、一般論を短く述べる。はるか高い天に座し、万軍を率い、すべてを支配し給う神の前に、女から生まれた人間がどうして清くあり得ようか。私たちはウジ虫のごとく地を這いまわる存在にすぎないではないか、と。▼たしかにビルダデのいうとおりである。だが今のヨブには通じない。至高者、絶対者からみればそのとおり、虫けらにひとしい人間であろう。だが今まで良心にひとつも恥じない生涯を私は送って来た。自分の誠実な歩みをなんら臆することなく、私は神の前に主張できる。それなのに天におられる神は、どうして苦難の集中攻撃をひとりの人間に、これでもかといわんばかり加えるのか。これまで私は「神こそ絶対に義しいお方だ」と信じて来た。その義なる神を、このままでは否定しなければならなくなってしまうではないか。私の内的苦しみと葛藤の深さを、ビルダデよ君は分かってくれないのか。▼ヨブの苦しみの深さは、たましいの絶叫だった。これは神にお会いし、直接聞いてみることによってのみ解決できるのに、その道がわからない。ヨブの苦しみは続く。