「聖とする方も、聖とされる者たちも、みな一人の方から出ています。それゆえ、イエスは彼らを兄弟と呼ぶことを恥とせずに、こう言われます。『わたしは、あなたの御名を兄弟たちに語り告げ、会衆の中であなたを賛美しよう。』」(ヘブル2:11,12新改訳)聖とする方とはイエスのこと、聖とされる者たちとはキリスト者たちのことである。主イエスは父なる神の御心に従って、栄光の位を捨て、地に下って肉体を持つ人間となられた。つまり私たちの兄弟(長兄)となられたのである。受肉とは驚くべき出来事といえる。なにしろ、永遠の神たるお方が、被造物である人とおなじ血と肉を持ち、十字架上で死の苦しみを味わい給うたのであるから。▼しかしそのことにより、神がどんなに私たちを愛し、滅びから救われることを望んでおられるかがあきらかになった。その上、御子イエスの十字架の死は、同時に死の力を持つ悪魔を滅ぼし、かつ死の恐怖によって悪魔の奴隷とされていた人間を解放するわざとなったのであった。私たちはこのすばらしいイエスを兄と呼ぶ関係に入れられた。ハレルヤである。

戻る