「ベテ・シェメシュの人たちは言った。『だれが、この聖なる神、主の前に立つことができるだろう。私たちのところから、だれのところに上って行くのだろうか。』」(Ⅰサムエル6:20新改訳)ペリシテ人から返された神の契約の箱、大祭司以外は見ても触れてもならない聖櫃の内部を、ベテ・シェメシュの人々は覗いた。よほど見たかったのであろう。しかし、そのために神の怒りが臨み、七〇人が死んだ。「主はベテ・シェメシュの人たちを打たれた。主の箱の中を見たからである。主は、民のうち七十人を、すなわち、千人に五人を打たれた。主が民を激しく打たれたので、民は喪に服した」(19)▼人の持つ原罪の深さを示す一つが、「神の禁じたものを覗く」という行為である。そもそも至聖所に安置された聖櫃は、大祭司が年に一度だけ見ることをゆるされた(ヘブル9:7)のであり、その場合でも上のふた、つまり贖罪蓋を開けるなど絶対にしてはならなかった。ベテ・シェメシュ人はそれを破ったのである。▼ノアが酔いつぶれたとき、ハムの子カナンは祖父の裸体をのぞき、ノアから「カナンはのろわれよ」(創世記9:25)と言われた。思えば神の禁じたものを覗くという罪深さは、それ以来続いており、世界中に氾濫している。どれだけ現代人の心は汚れていることか。◆民数記には、かつてイスラエルが荒野で次の宿営地に移動するとき、モーセの幕屋をたたんで運ぶことについての規定が記されている(民数記4章)。まず大祭司アロンとその子ら、つまり祭司たちが聖所の中に入り(他の者たちが入ることは禁じられた)、至聖所と聖所を隔てる豪華な仕切りの垂れ幕を取り降ろし、契約の箱(あかしの箱、聖櫃ともいわれる)をおおった。そのあと、じゅごんの皮をもってそれをおおい、さらに真っ青な布を広げて被せた後、担ぎ棒を通し、運んだのだ。つまり箱は三重におおわれたわけである。このように幕屋をたたむとき、祭司たちが一瞬だけ外側を見ることができたもの、それが聖櫃であった。◆そして神殿内の聖具がすべておおわれたあと、レビ族のうちのケハテ氏族が入ってきて肩にかついで運んだのであった。ケハテ氏族以外の者は絶対に幕屋内の聖具に触れたり、運んではならなかった。「宿営が移動する際には、アロンとその子らが聖所と聖所のすべての用具をおおい終わってから、その後でケハテ族が入って行って、これらを運ばなければならない。彼らが聖なるものに触れて死ぬことのないようにするためである。これらは、会見の天幕でケハテ族が運ぶ物である。」(民数記4:15同)◆以上を見ると、ベテ・シェメシュ人がしたことはあまりに無謀、不敬虔、神の聖を知らない行為だったことがわかる。