さらにもう一度「下に根を張り」

 新しい年を迎えました。全国の愛兄姉の皆様には、主のあふれる恵みの中にお過ごしのことと存じます。昨日も今日も変わることなくこの歴史を完成にむかって導いておられる、主なる神を賛美いたします。
「下に根を張り、上に実を結ぶ」
 今年も、さらにもう一度、イザヤ書37:31のこのみことばを標語としてかかげます。下にむかって広く深く根を張ることを求めつつ、上に向かって豊かな実を結ぶことを目ざして歩みましょう。昨年同様、次のことを確認させていただきたいと思います。
①神を呼び求めよう
 これは、イスラエルの危機にあって預言者イザヤがユダの王ヒゼキヤに語ったことばの中の一節です。歴代の王には、敵に勝つために、あるいは自分を守るために、他の国と同盟を結んだり、貢ぎ物を贈って敵におもねたり、そういう目の前の状況に対処することにしか心を向けなかった王たちがいました。しかし、ヒゼキヤは神に祈ります。「 主よ。御耳を傾けて聞いてください。主よ。御目を開いてご覧ください」(1)。私たちの信仰の姿勢はどうでしょうか。イザヤが預言者としてくり返してイスラエルの民に語ったことは、「あなたたちはアッシリヤにつこうか、それともエジプトにつこうかということばかり考えてはならない。神に信頼せよ」ということです。実際、歴史を見ると、やがてアッシリヤも滅び、バビロンも滅び、そしてローマも滅びます。しかし、あの小さなユダ王国イスラエルが、今もなお神の御手の中にあって存在させられています。神に呼び求めるものだけが、その将来を勝ち取るのです。
②神に深く根ざそう
 ここに語られていることは、特別な深い解釈を必要としないと思います。はっきりしていることは、実を結ぶためには、私たちは目に見える困難の中を通らなければならないということです。水がぶどう酒に変わるような奇跡があるわけではない。一年、二年、三年と経って、種を撒いたものがやっと刈り入れられて、そしてぶどうの実を食べることができるようになる。しかしそのプロセスは、確実に回復への姿です。そして全滅していたように見える、誰もいなくなったように見える状況の中から、残りの者が出てきて、逃れた者が表れてきて、そしてやがて「上に実を結ぶ」という約束です。
 私たちはもっと深く神に根ざすことを求めましょう。あなたと神様との関係において、適当なところで満足しないでください。どこまでも深く「下に根を張る」ことをめざしましょう。目に見える表面的なことを求めて終わらないで、目に見えないところでしっかり根を張った信仰を求めましょう。
③神に期待しよう
 そして最後に、あらためて確認したいことは、イザヤが最後に語ったひとことです。「万軍の主の熱心がこれをなし遂げられる」(32)。
 「万軍の主の熱心」とは、何という力強いことばでしょうか。旧約聖書には、「万軍の主」という言葉が246回も出てきます。しかし、「万軍の主の熱心」となると、この箇所ともう一箇所だけです。それは、ご存知イザヤ9章の「ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる」との預言のことばです。小さなユダ王国が生き延びることは、どこから考えてもまったく考えられない不可能なことでした。しかし歴史はその事実を証ししています。その奇跡の理由を、私たちは知っています。「万軍の主の熱心が、これをなし遂げられた」からです。イエスキリストが人としてこの世に来られたこと。それは「万軍の主の熱心がなし遂げられた」ことでした。その同じ万軍の主が、同じ熱心をもって、小さな私たちを守り、回復し、「上に実を結ぶ」ものとしてくださる。そのことを信じて、私たちは主に期待して、さらに「下に根を張り」ます。

理事長 小平 牧生



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