「主の前に静まり 耐え忍んで主を待て」

 便利な時代になりました。先日、日曜日の夜にアマゾンでCDを注文したら翌日に届きました。ネットでつながる社会、スマホの普及によって、ほしいもの、願うものをすぐに手軽に得ることができるようになりました。その代償として私たちの待つ力、我慢する力が弱くなったのではないでしょうか。
 『ネガティブ・ケイパビリティ』(帚木蓬生著)という本があります。その副題にあるように、ネガティブ・ケイパビリティとは「答えの出ない事態に耐える力」です。「不確実なものや未解決のものを受容する能力」とも紹介されています。ネガティブ・ケイパビリティは、聖書の世界に通じています。
 すぐには答えの出ない事態の中で、どうにも対処しようのない事態の中で、不確実なもの、未解決のものの中で、主の前に静まり、今置かれている状況を静かに受け入れる。それが私たちキリスト者に求められている生き方です。せっかちに、急いで解決を求めず、神の時を待ちます。分からないこと、どうにもできないことがあります。無理に答えを出そうとあがくのではなく、すべてを善きになし給う神にゆだねます。待ち、ゆだね、あとは何もしないのではなく、その状況下でできることをしていきます。
 聖書の中には、答えの出ない事態に耐えて生きた人たち、不確実なものや、未解決のものを受容して生きた人たちがたくさん出てきます。ノアは、雨が降らない中、人々に馬鹿にされながら、箱舟を造り続けました。「星を数えられるなら数えなさい。あなたの子孫は、このようになる」との主からの約束をいただいたアブラハムは、まだ見ぬ神の約束を信じて生きました。お兄さんたちにエジプトに売られ、冤罪で牢に入れられたヨセフは、献酌官長の夢を解き明かしたのに、忘れ去られ牢に放置されました。マリアは、救い主を身ごもるとのお告げを御使いから受けた時、これからどうなるのか分からない事態の中で、「おことばどおり、この身になりますように」と答えました。ノアも、アブラハムも、ヨセフも、マリアも、彼らは神を信頼し、神が与えてくださる解決策、神がもっておられる時間表・行程表こそが最良のものと信じて歩みました。自分の思い描く通りにはならない中でも、自分の思いを超えた解決が与えられることを信じ、神の約束を信じて、思い通りにならない事に付き合って生きました。
 神を愛する人たち。すなわち、神のご計画にしたがって召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています(ローマ8:28)。試練、困難さえも含めて、文字通りすべてのことがともに働いて、神は益としてくださいます。神は真実な方です。私たちを耐えられない試練にあわせることはなさらず、むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えていてくださいます(Ⅰコリント10:13)。私自身のこれまでの人生を振り返っても、確信をもって、これらの御言葉が真実であると証しすることができます。
 いつ収束するか分からないコロナ。ウクライナとロシアは今後どうなっていくのでしょう。気候変動に伴う災害、エネルギー問題、あらゆるものが値上げに次ぐ値上げ…これからますます不安定な、不確実な時代になっていくように思われます。そんな時代に生きる私たちに主は言われます。
「あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。」(詩篇37:5)
「主の前に静まり 耐え忍んで主を待て。」(同7)

宣教局長 工藤公義



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