「レハブアムの王位が確立し、彼が強くなると、彼は主の律法を捨て、彼とともにいた全イスラエルもそうした。」(Ⅱ歴代誌12:1新改訳) 人の心にある罪の性質は主の律法を厭(いと)い、しばらくは我慢できても最後にはそれを捨てる。多くの人が神の祝福を受け、すべてが順調に行くようになると心高ぶり、肉の行いを慕って神から離れてしまう。後代のウジヤ王もレハブアムと同じであった。「しかし、彼が強くなると、その心は高ぶり、ついに身に滅びを招いた。」(Ⅱ歴代誌26:16同)▼こうなると結果はみじめで、主の慈しみと保護を失ったユダに、早速エジプトが大軍をもって攻めて来た。世界一の繁栄と数々の財宝でいっぱいになっているエルサレム神殿、王宮をシシャクは占領、何もかも奪い取ったのである。さぞかし大喜びでエジプトに帰ったにちがいない。しかし考えてみれば、それらはダビデや他の支配者たちが他民族から奪い、長年たくわえて来た…《続きを読む》

メッセージ《いのりのともから》

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新型コロナウイルスからの癒しのために

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基督兄弟団
「あなたがたは地の塩です。…あなたがたは世の光です」マタイ5:13-14
 新型コロナウイルス感染者数が増えてきており、第三波が来たとも言われています。政府は、感染拡大と経済との狭間で難しい決断を迫られています。今後再び緊急事態宣言が出されるとも限りません。
 そのような中で、私たちは国の方針に倣いながらも、聖書的、信仰的な判断をもって自粛し、あるいは行動をしていかなければなりません。それはキリストの教会として、キリスト者として、どこまでも世の光、地の塩として、この国に、この時代に召されているからです。
 礼拝は、キリスト者としての生命線ではありますが、強制されるべきものではなく、自主的に神にささげられるべきものです。律法的に決めることではなく、どのような在り方が証しになるか、そして自分の行動が人々のつまずきにならないようにすることが神の御心です。地域によってそれぞれ違いはあるかと思いますので、牧師、役員会の方針に従って責任ある行動をとっていきましょう。
 そして、完全に新型コロナウイルスが終息するよう祈りましょう。このウイルスによる危機は、これまで世界中を何度も襲ってきたものです。そのような中で無知による過ちもありましたが、教会は感染者に手を差し伸べ、それが福祉や医療制度の土台ともなっていきました。このような中でこそ、キリスト者としての在り方が問われる時なのです。
 この新型コロナウイルスが終息した後、教会のあり方がガラリと変わるかもしれません。集会の持ち方、交わりの在り方が、変わってしまうかもしれませんが、キリスト者の交わりは一緒に集まることも大切ですが、それ以上に大切なのは、お互いのために祈っているという祈りによる交わりだからです。

「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがたすべてとともにありますように」Ⅱコリント13:13